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「彼女の前の雇い主が恋人の兄貴とか言ってたが、その兄貴に愛想尽かされて、社長に乗り換えたって事じゃないのか?」
「お前もう少し詳しい事情を知ってるんだろう。隠してないで洗いざらい話せよ」
口々にそんな事を言われた聡は、勢い良く立ち上がって周囲を見回しつつ、同僚と先輩達を纏めて一喝した。
「邪推はいい加減にしろ! それに皆さんも、この間彼女の口利きで、随分商談を纏めてきたじゃないですか。散々利用してきた挙げ句、今更そういう事を言うんですか!?」
「…………」
途端に気まずそうに黙り込む面々を聡が腹立たしげに睨み付けていると、用事を済ませた恭子が営業一課に戻って来た。その為聡は無言で席に着き、微妙な空気の中、恭子は杉野の席に進み報告する。
「課長、戻りました。途中で御園専務から、こちらを預かって来ました」
「ああ、ご苦労だった」
差し出した封筒を杉野が受け取り恭子が席に戻ると、隣の席の足立が物言いたげに自分を見上げているのに気が付いた。
「何か?」
「……いや、何でもない」
短く尋ねたのに対し、足立が慌てて仕事を再開し、それに合わせて周囲も自分の仕事に没頭しているふりをしている気配を感じ取った恭子は、何食わぬ顔で椅子に座った。
(私が居ない間に、何があったか大体想像が付くわね。だけどあまり予想通りに事が運ぶのは、正直ちょっとつまらないんだけど。……駄目ね。あの破天荒な先生の下で働いているうちに、順調に事が進んだら進んだで、逆に不満や不安を感じる様になったみたい)
そんな事を考えて恭子は密かに落ち込み、その日を境に恭子の計画通り、営業一課の空気は徐々に険悪なものを含んでいった。
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