第1章 嵐の前の静けさ

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(さて、江藤さんに電話をかけるついでに……、スケジュールを確認してみたら、今週は部長の所に石黒さんが来社予定なのよね。せっかくだから一芝居お願いしようかな)  そうして時間を無駄にしない恭子は、昼休みに江藤と連絡を付けてから、続けて登録しておいた携帯番号にかけてみた。 「もしもし、石黒だが」 「お久しぶりです石黒さん、川島です。突然すみません、今、お忙しくありませんか?」  神妙にそう名乗った途端、当初の重々しい声音が一変し、電話の向こうからウキウキと話しかけてくる。 「久しぶりだね恭子ちゃん、大丈夫だよ。そういえば、以前紹介して貰って、作った釣り竿の出来については話して無かったね。いや、もう引きが良いのなんのって! 先月はとうとう大物を釣り上げてね。それが」 「あの、お話のところ申し訳ないんですが、昼休みが終わりますので、戦果のお話はまたの機会に改めてじっくり伺うという事で、宜しいでしょうか?」  趣味について語り出したら止まらないタイプの人間である事を知っていた恭子は、苦笑しながら断りを入れたが、江藤は怪訝な口調で尋ね返してきた。 「それは構わんが……、昼休み? 君は今、あの鬼畜作家の所に居ないのかい?」 「実は今、先生の指示で小笠原物産の営業一課に勤務しています」  それを聞いた石黒が、如何にも楽しそうな声を上げる。 「それはそれは。実は今度、小笠原物産に行く予定が有るんだ。適当に理由を付けて、恭子ちゃんのOLぶりを見に行くか」 「実はそれを知って、お電話したんです。そうして頂けると助かります。ついでに来社時に石黒さんにお願いしたい事がありまして」 「何だい?」  興味深そうに話の先を促した石黒だったが、恭子の話を一通り聞いて、困惑した声を出した。 「恭子ちゃん、それは……」 「駄目でしょうか?」 「いや、そんな事はお安いご用だが……。本当にそんな事をして構わないのかい? 社内で君がやりづらくなるだろう?」 「半分はそれが目的です。今回は先生と小笠原社長の指示で動いているものですから」  その説明を聞いた石黒は、小さく溜め息を吐いてから了承の台詞を返した。 「……最近、小笠原の内部がゴタついていると思ったら、裏で小笠原社長が糸を引いて、恭子ちゃんが動いていたか。納得だ。よし、頼まれた様に、上手くやってあげよう」 「ありがとうございます。宜しくお願いします」
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