第1章 嵐の前の静けさ

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 そこで石黒は、笑いを堪える様な声で話を続けた。 「でも、そうか。普通の会社勤めでもOKか。それなら小笠原が片付いたら、うちに来ないかい? 好条件を提示するよ?」 「その節は宜しくお願いしますね。先生にお話ししておきますから。それでは失礼します」 「ああ、それじゃあ、直に会えるのを楽しみにしているよ」  そうして楽しげに会話を終えた恭子は、満足げに携帯をしまい込んだ。 「さて、これで仕込みはバッチリ、と。ターゲットも少なくなってきたし、年度が変わる前に何とかなりそうね」  そうしてテイクアウトしてきた商品の空袋を潰しながら、恭子は通路に置かれていたベンチを立ち上がった。 「お呼びですか? 社長」 「ああ、仕事中すまない。これはプライベートの範疇だが、最近君の帰りが遅いから、家で声をかけるのをつい忘れていてな。軽く目を通して貰えるか?」  勤務時間中に社長室に呼びつけられた清人は、苦笑いで雄一郎の机に歩み寄り、クリアファイルを受け取った。 「すみません。この所、色々立て込んでいまして」 「構わんよ。真澄の後を引き受けて、業績を下げるどころか昨年より上げていると聞いた。頑張って貰っている様で何よりだ。最近は会議の度、お前の就任に難色を示した連中の顔を見るのが楽しみでね」 「悪趣味ですよ? お義父さん」  含み笑いをしつつファイルから取り出した何枚かの用紙に目を走らせた清人は、すぐに真顔になった。そして無言のまま読み進めている清人の顔色を窺いながら、雄一郎が声をかける。 「どう思う? 清人」  それに対し、清人は曖昧に誤魔化す様な事はせず、真剣な口調で意見を述べた。 「これは、浩一の見合い相手候補のリストですね。俺の私見で構いませんか?」 「勿論だ」 「それなら……、取り敢えずSATコミュニケーションズと、永沢地所と、朝日銀行でしょうか? 柏木産業の中で情報通信分野は後発で、そこを補完する各種システム開発等を手がける、専門の子会社があっても良いですし、不動産部門は関東以外では弱いですから、これからのその分野の展開を考えると、業界大手との連携は魅力的です。それと、現在は資金調達はお義母さんの実家関係が融通を利かせてくれていますが、新しいルートを作っておくのも良いかと」
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