第1章 嵐の前の静けさ

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「それなら、手と口で抜きましょうか?」 「…………」  サラッと恭子が口にした途端、浩一はピシッと固まって表情を消したが、すぐに徐々に眉を寄せて、不機嫌そうなオーラを醸し出してきた。それを見た恭子は、予想外の反応に内心慌てる。 (何か良く分からないけど、怒ってる? え? どうして? 今の話のどこに、そんなに不機嫌にさせる要素があったのかしら?)  考えてみても分からなかった為、恭子は慎重に尋ねてみた。 「あの、浩一さん。どうかしましたか?」  その問いに、浩一は苦虫を噛み潰した様な表情になって呟く。 「俺が、そうしてくれって頼んだら、これまでそういう事をさせてきた人間と、同類って事になるわけか?」 「はい?」  ここで完全に予想外の答えが返ってきた為、恭子は呆気に取られた。 (ちょっと待って。したいとかしたくないとか、そういう事じゃなくて、浩一さんが一番気にする所って、そこなの? 相変わらず浩一さんの怒りのツボって、理解不能……)  正直、対応に困った恭子だったが、どうしようも無いので素直に思ったままを言ってみる事にした。 「別に、同じって事にはなりませんよ? 相手に『しろ』って言われた事は何度も有りますけど、これまで自分から『しますか?』って尋ねた事は有りませんでしたし」  そう告げると、浩一は一瞬虚をつかれた様な表情になり、次いで「そうか……」と呟いたきり斜め下に視線を落として、何やら考え込んだ。  取り敢えず怒りのオーラが消失した為、恭子は安堵したが、微妙に気詰まりの沈黙が続き、再び声をかけてみる。 「あの……、浩一さん?」  すると浩一は顔を上げ、正面から恭子と視線を合わせながら、真剣な面持ちで告げてきた。 「ああ、やっぱり今日は、そういう事はしてくれなくて良いから。その代わり何もしないから、朝まで俺のベッドで一緒に寝てくれないか?」 「え? でも……」  咄嗟に返事が出来なかった恭子に、浩一は心得た様に軽く頷きながら話を続ける。 「誰かと一緒に寝るのがあまり好きじゃないのは、前に聞いて分かってるけど、どうしても駄目かな?」  一応控え目に頼んできた浩一に、恭子が困惑気味に言葉を返す。 「いえ、どうしても駄目かと聞かれると……、そこまで嫌がる事でも無いとは思いますが……」
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