ちょっとそこまで

2/5
前へ
/5ページ
次へ
一生安泰だと信じていた会社が潰れた。 三十を目の前にして、俺は途方に暮れていた。 入社して七年、結構頑張ってたんだけどな…。 あれから数ヶ月が経ち、その三十歳も超えてしまった。 けれど、俺はまだ立ち直ることが出来ず、実家に引き籠っていた。 「ちょっとお、次の仕事まだ決まらないの?そろそろ何とかしてくれないと困るのよお。」 母親は今日も、ノックすることなく部屋のドアを開け放ち、 寝ている息子の足を踏ん付けるのも構わずベッドに上がりカーテンを開ける。 「いっ…てえな。わかってるって…俺だっていろいろあるんだよ。」 「口ばっかり。父さんも母さんも、いつまでも生きてないのよ?しっかりしなさい。」 そう言ってドタッと重い音をたてて床に下りると、母親は溜息を吐いて出て行った。 「くそっ…そんなことわかってんだよ。」 むしゃくしゃして乱暴に体を起こすと、頭がくらくらした。 あ、ダメだ。もう一回寝よう…そう思った時だった。 窓から、女の人が歩いているのが見えた。 二階のこの部屋からは殆ど見えない小さな庭と、道路を分ける背の高い生垣。 その向こうをヒールを鳴らして歩いている。 樹の間からちらちらと見える顔は、この家の方を向いている。 生垣の外側に母親が植えた花があるから、それを見ているのだろう。 それにしても…。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加