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「……っ」
このまま部屋に戻るべきだ、と頭が警告する。
でも、たぶん、それは無意味だ。
記憶が教えている。
今まで、生まれてから、ずっと知っている。
たとえ逃げても、この場所と違う場所で起きたとしても、この怯えは消えないんじゃないかと感じられる。
――そんな感覚だけは、しっくりとこの身体になじんでいる。
(身体だけ、起きちゃったのかな)
ぼんやりとした頭で、しかし、仕方なく足を踏み出す。
とん、とん、と階段を降りていくと、匂いと音が近くなる。
リビングルームには、大きなテーブルが一つと、テレビとソファー。少し離れた場所には、キッチンが備え付けられている。
家族四人が住むのにちょうど良かった部屋は、両親の海外転勤で、大きすぎる場所になっている。
その頃は、まだ、見えない部分もあったのに。
「おはよう。いい夢は見れた?」
キッチンからかかってきた声に、背筋を震わせながら、眼を向ける。 それは、かつて……いや、今も僕を追いつめる、完璧な姉の姿。
「姉さん……」
「あら、おはようはどうしたの?」
優しく、けれど質問するような言い方。
朝の挨拶は、毎日のように注意されるから、必ずしている――そう、記憶が教えてくれる。
「おはよう、姉さん」
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