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疑問に頭がとられる僕の目の前で、姉は、ふっと笑った。
背筋にイヤな感覚が這う、なにかに憑かれたような微笑みだった。
「でも、やっぱり夢は便利だわ。何度でも、連れ戻せるからね」
「夢……? 連れもど、せる?」
「さぁ、朝食にしましょう。あなたの好きな、フレンチトーストとハムエッグよ」
席に座るよう手招きされ、おとなしく席に着く。
眼の前の食べ物は、確かに姉の作る、僕の好きな料理の味がした。
した、のだけれど。
「どうしたの?」
「いや……なんだか、久しぶりのような、おいしさで」
――初めて食べたもののような、記憶と感覚の、食い違い。
「まぁ。そう言ってもらえて、わたしも作りがいがあるわ」
こうして見れば、綺麗で優しく、高嶺の花とも呼ばれる姉の存在は、素晴らしいことなんだろうと想えもする。
だが、姉の異常な愛情。これだけが、思春期の僕の気分を、重くさせる。
――あいつの姉は、異常だ。 そんな噂もありながら、それでも姉は、立ち居振る舞いや成績から、悪評をはねのけてきた。もちろん、人に対する表裏の見せ方も、異常なまでに上手かったというのもあるのだろうが。
だから逆に、僕は籠の鳥のように、姉の手の中にあった。
嫌がっているとしても、みんなには逆に注意された。
――なら、代わってくれと願ったこともある。全て監視され、判断されるという、環境を。
「……出かけてくるよ」
せめて、まだ気づかれていない時間と場所が欲しい。
そう想い、僕は予定していた外出の準備をする。
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