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彼女にさっきまでの勢いはどこにもない。
オレはオレで、
エレベーターのボタンを押す指が震えているような気がして、
それを見られたんじゃないかと思うと恥ずかしいやら悔しいやらで、
隣に立つ人がどんな顔してるのかなんて見ることなんか出来なかった。
エレベーターは静かに階に着いた。
開いたドアに手を添えて箱から出るように促すと一瞬躊躇うように足を止める彼女に、心の中で「自分で決めたんだろ」と思いながらも、
「やめとく?」
そんな言葉しか吐き出せない。
「ううん」
「んじゃ、ほら、」
そう言って、空いた方を手のひらで彼女の背中を軽く押し、そのまま背中から腰へと滑らせて自分の方に抱き寄せた。
こういう場所特有の照明の灯る廊下を歩き進めると、選んだ203という部屋番号が、ドアの上で点滅していた。
ノブに手をかけ開けたドアの奥へ彼女を押し込むと、後ろ手で鍵をかけた。
それ、の目的のそこの場所のくせに、生々しさを隠すように、落ち着いた雰囲気の空間だった。
パネルだけで選んだから不安しかなかったけど、その室内のインテリアが毒々しくなくてホッとした。
「シャワー、先にどーぞ?」
かろうじて置かれている二人がけソファーに腰かけると、着ていたスーツの内ポケットから煙草を取り出して火をつけながら彼女にそう告げた。
「…………うん」
テレビの脇に持っていたバッグを置き、すごすごと浴室へと消えていく姿を横目に、冷蔵庫を開けて有料の缶ビールに手をかけた。
あまり冷えていないそれを喉に流し込んで、ふぅと腹の底からのため息を吐いた。
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