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千紘が話す昨夜のコトを聞いてるうちに、徐々に甦ってくる記憶のカケラが、
1個ずつ、また1個ずつ、とくっついては大きくなっていく……。
お店を出ると霧雨で街並みが霞んでいたこと。
運転手にオレのアパートしか行き先を言わなかったこと。
乗り込んだタクシーの中、しっとりと濡れた肌と髪の香りに胸が締め付けられたこと。
その苦しさとくすぐったい気持ちで、年甲斐もなく浮かれていたこと。
“梅雨だね”
“梅雨だねぇ”
“今度の水曜…にぃにのお誕生日だね”
“そーだねぇ、誕生日だねぇ”
“その日、お祝いさせてね”
“祝ってもらって嬉しい歳でもないけどな”
“いいじゃない!お祝いしようよ?”
“そーだねぇ”
“ケーキでも作る?甘いもの苦手だっけ?”
“あー…うん…何か作るんなら…”
“ハンバーグ!…でしょ?”
“くふ(笑)…しょーがないから二人っきりでお祝いするかぁ”
そんな話をしながら、ずっとずっと千紘の手を握りしめていたこと。
パズルのピースをはめていくように出来上がったオレの記憶は、甘酸っぱくて、恥ずかしさで顔から火が出るほど。
それもそうだ。
人生90年とするなら、その3分の1以上の時間を、結果、報われることなく終わる恋にオレは注ぎ込んできて、
自分はもちろん、惚れた女の誕生日や、クリスマスなんかのイベントごとでさえ一緒に過ごしたこともなかったんだから…。
部屋に入り、
濡れた服を脱がし合い、
シャワーを浴び、
くすっぐったい気持ちで二人ベッドへ転がりこんだことも。
乾かした長い髪をかきあげる仕草に参ってしまったことも。
“和”と呼ぶように、と言ったことも。
千紘を抱きしめて、
“何でカナにだけずっと執着してたんかな…こんな近くに、こんな落ち着く場所があったんじゃん…”
そう囁いたことも………。
全部、鮮明に思い出した。
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