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あってはならないミスをしでかしたオレ。
電話口の、少しだけ聞き取りにくい声を理由になんか出来ない。
『本日はありがとうございます。金曜の4時にお伺いします。宜しくお願い致します』
と簡単なメールでも送れば良かったんだ。
そしたら、
約束が違うと訂正の返信をもらえたかもしれないし、そこでお叱りを受けたとしても、今日の打ち合わせに遅れるのは避けられたかもしれない。
時間をずらしてとった昼休みを終えた午後2時。
取り上げた電話に顔面蒼白になっていくオレの上司の曽我ひろみさんを見た時に、最初は何だろうかと他人事だった。
「二宮、打ち合わせの時間、午後2時からなんだって?」
電話を終え、オレを見て彼女がそう言うまでは。
そう。
4時ではなく、14時、だったんだ。
史上最悪の状況に、
「資料は?」
「出来てます」
「出かけるのに何分必要?」
「5分ください」
「わかった。先方に折り返し連絡するからその間に支度して」
「はい」
彼女は至って冷静だった。
3時に打ち合わせをねじ込んでくれた彼女にこれ以上の恥をかかせないためにも忘れ物の無いようにとオレも冷静に資料を詰め込んで、
彼女と二人、取引先へと向かった。
頭を下げ続けて終えた打ち合わせの帰り。
他愛ない話なんかしながら戻るいつもと違って、彼女はずっと無口だった。
地下鉄の車内で、吊り革を握って横に並ぶと、怒ったような呆れたような、けどホッとして気の抜けたような、とにかく考えていることが読めない表情が窓に映っていた。
普段は軽口叩いたり、からかったりするオレでも、申し訳ない思いとどうにかして名誉回復をしたいオレは、
「奢るんで、今夜飲み行きません?」
そう誘ってみた。
「つーか、何でもいいです。リクエストあれば」
滅多にないオレの奢るという発言にびっくりしたようで、彼女は目を丸くしてオレを見上げた。
あんまり酒は強くないからな。
甘いもんを食べたいと言ってくるかもな。
「リクエストしていいの?」
「えぇ。何でも」
「考えとく」
「はい」
オレの返事を聞いて、また正面を向く彼女。
「二宮?」
「なんすか?」
「今日、定時あがりね?」
あー、こりゃ、甘いもんのハシゴかな。
「了解です」
胸やけ覚悟で苦笑いしながら答えると、
窓に映る彼女はすごく考え込んだ顔をしていて、
やっぱり何を考えているのかは読み取れなかった。
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