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薦めてくれた本を手にレジへ行くと、私を真っ直ぐ見て照れたように笑うけど、
「ごめんね…さっき…」
そう言って、本の間のバーコードを引き抜いてピ…と読み取り、
「1200円です」
落ち着いた事務的な言葉が続いた。
「いえ……」
トレイに置いた2枚のお札を長い指がパチンとはじき、
「……800円のお釣りです」
コインが私の手の上に置かれ、ちょっとだけ指先が手のひらに触れた。
触れた部分が熱い。
その熱をどこにも逃がしたくなくて、コインごとギュ…と握りしめた。
本にカバーがされて薄い紙袋に入れられる。
その袋を手渡されて“ありがとうございました”と言われれば、もう帰るんだ。
さっき言いかけたコトは何ですか?
聞き取れなかったコトは何ですか?
ううん…。
聞き取れなかったコトなんてなくて、
彼が私に言いかけたコトなんかきっと何もなかったんだ。
俯いたまま袋を受け取る。
「あ、レシートを…」
両手で“これ……”と渡すレシートをもらおうと手を伸ばすと、
そのレシートが彼の方へと動いた。
彼はエプロンの胸ポケットからボールペンを抜き、レシートの裏に何か文字を書いていく。
「ありがとうございました」
彼の声に軽く頭を下げて、レシートを奪うように受け取って、足早にその場を去った。
振り返れなかった。
もらったレシートも見れなかった。
とにかくお店から遠くへ…。
駅ビルを出て、気づいたら多くの人が忙しそうに行き交う改札前まで来ていた。
人波を避け、売店の陰に隠れて、
ドキドキしながら手の中のレシートを広げた。
そこには彼に似て、あちこちに元気よく跳ねた可愛らしい文字が並んでいた。
『3時、南口、アオゾラ』
今の時刻は…
12:24PM。
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