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あれから季節がいくつか過ぎた。
今は苦手にしていた夏だ。
けど、都会じゃ味わえない心地よい暑さがこの街にはある。
新しい場所でもやることはあって、日々の生活は何も変わらずだった。
ただ、あの頃とは違った時間の進み方に思えて、私には今の方が合ってる気がした。
課長の杉田さんは午後になるとご近所の方との囲碁に夢中で、
唯一の女子事務員のマミさんは、高校生の息子さんに手を焼いていてその愚痴に付き合うのが私の日課になっていた。
いつもと同じ午後1時にやってくる郵便配達員のバイクの音が今日も時間きっちりに聞こえてきた。
開けっ放しにしている会社の観音開きのドアから、配達員の諸沢さんが大きく私を呼んでいた。
「曽我さーん!」
「来た来た(笑)じゃ、マミさん、行ってきますね」
社判を片手に入口へ向かうと、日焼けした諸沢さんが白い歯を見せて笑っていた。
「お待たせしました……って、荷物は?」
「あー今日はね、イケメン届けに来たよ」
「は?イケメン?」
諸沢さんが指さすその方向に視線をやると、
大きなボストンバックを引きずるように持ちながら息を切らしてこちらにやって来る、
猫背の懐かしい姿があった。
「おい、にーちゃん!こっちだこっちー」
「わぁってるって。ったくうっせーなぁ」
白い肌を真っ赤にしながら口ごたえするその声は相変わらず高めで、久し振りに鼓膜を震わすそれに、心拍数が上がっていく。
「じゃ、曽我さん。ちゃんと届けたからね!」
「はい(笑)ありがとうございました」
赤いバイクで去って行くのを見送って、視線を元に戻すと、
彼はすぐ目の前まで来ていて、足元の横にバックを乱暴に落とした。
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