58人が本棚に入れています
本棚に追加
10月初旬、季節は秋。
朝晩は冷えるが日中は残暑でまだ暑い。
平日のお昼前という時刻だからか、
電車には乗客が少なく余裕で座席に座れた。
1人で電車に乗るのはホント久しぶり。
自分の古巣でもある尚人の勤務先は、
尚人のマンションから1駅隣。
駅からも数分という近い距離にある。
ふと自分の左手の薬指に嵌められた指輪を見て、
尚人は会社で指輪を嵌めてくれてるだろうかと、
少し心配する。
私と結婚した事を尚人は社長に報告している。
その事実を会社の社員が知っているかは分からない。
会社の皆は元気だろうか。
伊東君はどうしているかな、
なんて考えているうちに、
あっという間に電車が到着した。
電車を降りて改札口を出て、
少しの距離を歩くと、
ガラス張りの一際大きな建物が見えた。
総合商社ユニシス。
私の存在がバレると色々面倒だから、
パーカーの帽子を目深に被り会社に入る。
そうこのミッションは、
ひっそりこっそりお弁当お届け大作戦!(仮)
なのだ。
密やかに速やかに遂行するのが任務。
こそっと行ってサクッとお弁当箱置いて、
ちゃちゃっと帰ってくる。
決して尚人の仕事の邪魔にならないように。
会社には私服の外部の人が出入りしているから、
顔さえバレなければ誰も私だと気付かない。
連絡なしで部長室に突然私が現れたら、
尚人はきっと驚くだろうな。
尚人のびっくり顔を見たい、
なんて考えながら、
少し緊張気味に中に入って行くと、
入り口の受付の女性と目が合った。
「いらっしゃいませ」
我が子よ。
母は忘れていたのだ。
そしてたった今思い出した。
この会社では来客者は、
受付で必ず記帳する規定がある事を。
社員以外は例え社員の家族でさえ、
記帳をして確認を取った後で、
ようやく中に入る事が許される、
セキュリティシステム。
記帳を拒否したら警備員が駆け付ける。
下手に逃げでもしたら警察を呼ぶ。
約半年前から警備が厳しくなった事を、
すっっっっっっっかり忘れてた。
最初のコメントを投稿しよう!