58人が本棚に入れています
本棚に追加
「かおりん来てるんだって?あ、本当だ、かおりんだ。具合悪いの?」
「お弁当箱持ってるよ。部長に届けに来たんじゃない?」
「かおりん、なんで帽子被ってるんだ?」
「あなた達どうして救急車呼ばないのよ!?」
たくさんの雑音が聞こえる中、
駆け寄る一つの足音が聞こえた。
よく知るその足音。
力強いその足音。
唯一無二の足音。
その足音が自分のすぐ傍で聞こえた時、
ゆっくり崩れるように意識を手放した。
気がつくとベッドで寝ていた。
見えたのは真っ白い天井と、
すぐ横に椅子に座ったスーツ姿の尚人。
「気がついたか。気分はどうだ?」
静かにそう声をかけられて、
ハッと一番に思い出したのが我が子の事。
「お腹の赤ちゃんっ!?」
「大丈夫だ、なにも異常ない。元気で育っている」
慌てて起き上がろうとした私を、
片手で制しながらそう話す。
その言葉に全身でホッとした後、
ベッド脇の人物に訊く。
「ここ、どこ?」
「いつも来ている産婦人科だ。会社からタクシーでこの病院にお前を運び、診察してもらった。軽い貧血を起こしただけだと言われて、特に処置もされなかった」
「私・・・そうだ、尚人の会社にお弁当届けに行ったんだ・・・」
届けに行って気分悪くなって、
入り口ド真ん中でしゃがみ込んで、
会社中を大騒ぎにした犯人。
尚人の左手の大きな掌が、
そっと私の頬に触れる。
優しく頬を撫でながら、
「朝の会議の事を考えていたら、弁当をすっかり忘れてしまった。すまなかった。届けてくれてありがとう」
やわらかな口調でそう話す。
薬指に指輪が嵌められているのが、
ちらり見えて安心する自分。
私を見つめる綺麗な琥珀色の目を、
寝たままで見つめ返して言う。
「ごめんなさい、私、こそっと行ってサクッとお弁当箱置いてちゃちゃっと帰ってくる予定だったんだけど、大騒ぎになってしまって・・・」
「お前はなにも悪くない。今日の弁当とても美味かった」
「食べたの?」
「ああ。さっきここで食べた」
ふと見たベッドサイドテーブルに、
お弁当箱とお茶のペットボトルが置いてある。
最初のコメントを投稿しよう!