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自動ドアが開くと、真っ先に目に飛び込んできたのは、店の奥の壁に掛かっているロープだ。それもしっかりしたやつで、ご丁寧に一方の端が輪になっている。
思わず、声を上げそうになった。
こんな物は、今まで何回も来ているのに見たことがなかった。
今までもあったのに気がつかなかっただけなのか、それとも今日新たに陳列されたものなのか。いずれにしても、まさか今日はこれを買えというんではないだろうな、と思いながらも、どうしたことか、足はそちらに吸い寄せられるように向かっていってしまう。
ちょっと待ってくれ。こんな物はいらないんだ。
その瞬間、あの店長が言っていたことを思い出した。
『うちはね、あなたが買うべきものを用意しているんですよ。』
いや、ちがう。僕はあんなロープを必要としてはいない、あんなものを買うべき運命にはないんだ。
勘違いもはなはだしいぞ。
よし、今日こそ、はっきりさせてやろう。
店長を探して文句を言ってやろうと振り向いた瞬間、別の男が血相を変えて店に飛び込ん来るのが見えた。なにやら青白い顔をして不精髭を伸ばしたその男は、真っ直ぐにこちらに向かって大股に歩いて来る。
こんな奴と関わり合いをもつのはやめよう、と、ほかの物でも探すふりをして体を横にしてよけると、その男は真っ直ぐにそのロープのところまで行き、すばやくそれをつかんだ。
「あっ。」
という声をやっとの思いで飲み込んでいると、その男はつかつかとレジに行って勘定を済ませた。前もいたバイトの女の子が無表情に「ありがとうございました。」と言う声が聞こえ、あっけにとられている間に、その男は店の外へ出て、もうどこかへ行ってしまった。
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