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「今までお世話になりました。お義母さんに孫を見せてあげられなくてごめんなさいって伝えておいて」
隆文への想いを正直に言おうという決心は、彼から差し出された離婚届を前にあっけなく萎んでしまった。
「そんなこと気にしなくていい。それより、そいつは君を幸せにしてくれそうなんだろうな?」
優しい隆文は最後まで私のことを気にかけてくれる。それがかえって胸を抉った。
「私の片思いだから」
シングルマザーと結婚して、今度こそ隆文には幸せになってほしい。
頭ではそう考えるのに、心は悲鳴を上げる。
ペンを握る手が震えた。
「まさかまた不倫じゃないよな? そいつ、独身?」
パッと私の手からペンを取り上げて、隆文が鋭い目を向けてきた。
私は曖昧な微笑みを浮かべて首を小さく横に振った。
「隆文は幸せになって」
「なれるわけがない」
大きな手で顔を覆った隆文がいきなり泣き出して、私は唖然とした。
男の人が泣くのを初めて見た。
EDでずっと苦しんで。まともな恋愛も結婚も出来なくて、どれほど辛い思いをしていたんだろう。
形ばかりの夫婦とは言え2年も同居していたのに、隆文の苦しみに私は何も気づいていなかった。
「泉。……俺、ずっと君に嘘をついていたんだ。俺は実はEDじゃない」
自分がEDだと打ち明けることは、おそらく男性にとってはかなり不名誉な告白だと思う。
だからこそ私は隆文の言葉を簡単に信じた。
EDだということが私たちの偽りの結婚の大前提だったのに。
「妊娠して部長に捨てられた君を何とか救いたかった」
「EDだなんて嘘までついて? どこまであなたはいい人なの!?」
ただの会社の後輩のために、そこまでしてくれるなんて。
「全然”いい人”なんかじゃない。あわよくばと思っていたんだ。一緒に暮らして子育てしているうちに、あわよくば君に好きになってもらえたらと」
うまくいくわけなかったのにな、と乱暴に涙を拭いながら、自嘲気味に隆文は笑った。
「好きになったよ? もうとっくに。ずっと好きだった」
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