#2 夜刀神 歳破 × 鞠音(雪さん宅)

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静まり返った敵国の敷地を歩く。 夜は音さえ響かせなければ闇に溶け込めて偵察には便利だ。 直属の上司に黙っての独断の偵察は中々スリルに溢れていて嫌いじゃない。 が、ばれた後何を言われるか想像したくはないので慎重に、慎重に適地を踏み歩く。 見慣れたもので、敵国の下町の地形は幾度か足を運ぶたびに完璧になっていた。 闇夜の中でもすいすいと目的の場所まで辿り着ける。 下町で何度も情報収集を細々行なっていたせいか、小さなコミュニティまで作り上げてしまっているので夜中徘徊していても敵国の間者や少数精鋭、見回り兵に怪しまれることが無ければ大丈夫だろう。雑魚ならその場で証拠を隠滅するか町人に言いくるめて貰えればいい。 何しろ争い事はあまり好きではないし、ここへの偵察もそれが第一の目的で来ている訳ではない。 主の参謀として、側近に似たその立場として。もしこの国といつか戦争になった時、主の退路の確保や人的戦闘力の無意味な損耗を避けるためにも地形を誰かが理解している必要がある。町の死角や町から300メートルほど離れた周辺の地形の把握も明日で完了する。 徐々に埋まっていく地図をちらりと眺めてクスリと笑みが零れた。 「明日で偵察は殆ど終り、か) ふと、先日の雨の日に訪れたあの店の店主のことを思い出した。 この町に足を運ぶ際、いつもではないもののほぼ毎日気まぐれに寄り道していた。 いつも茶葉の香りや甘く爽やかな香りに包まれた店内で、あの店主の無音の美を感じに。 店主は理由は尋ねはしていないが、どうやら言葉を発することが出来ないようで。 しかしそれがまたミステリアスな彼女の雰囲気によく似合っていた。 初めてあった日に少しだけ興味が沸いた。 自分のほぼ隠された野生の気配を感じ取り怯えつつも、それを上手く取り繕って会話をしていた気丈な立ち振る舞いだったり、終りに手の甲にお礼のキスを送った時の怯えや恐怖とは無縁の年端もいかない少女のような生娘を思わせる恥じらいの純粋さだったり、とにかく珍しい反応が返ってくるのが面白くてついついからかい半分に遊びに行ってしまっていた。 我ながら迂闊であったが、性分ゆえ止めることは出来ず。 しかし何より、否定したくても心のどこかでは分かっていた「彼女に一番近付いてしまう理由」の核心には気付いていた。
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