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彼女は、似ているのだ。
「夜刀神の女」に。
苦い過去の記憶は決して居住区を移した今でも忘れることは出来ない。
むしろ色褪せるどころか彼女に接していく度鮮明に蘇り、自室に戻れば夢に出てくるほどにハッキリと。
鮮血。
飛び散る大量の夥しい血の量。
微笑みながら宙を舞い、音を立てて転がり落ちた頭。
目があった瞬間上気させた頬を見た。
それは一瞬の出来事で、その瞬間が私には物凄く長い一瞬の時に感じられた。
叫び声。
恐怖と憎悪と汚らしい欲しかない部屋。
幼い身体を圧し開かれて、無理矢理外気にさらされる肌。
全て諦めたような瞳を覚えた小さな少女。
同族同士、同じ血を分けた者への性的凌辱。
痛ましいほどに中に出されて膨れ上がった腹。
もう無理だと何度も泣き叫ぶ女の頬を打つ男。
縛り上げて、何度も意識を飛ばしているのも構わずただ行なわれる種をつけるだけの行為。
腰を振って異常なまでに快楽を貪る男はいっそ滑稽だった。
そして自分もあの男と同類なのだと、同じ血が通っているのだと虚無感にとらわれたあの日。
それでも夜刀神の女は美しかった。
これから待ち受ける人ならざる扱いにも、この先一族の屋敷から一歩も外に出ることが許されないのだと分かっていても、好きな相手と添い遂げることを許されないと知っていても。
私の子を成せるなら。
私の子が元気に生きて行ってくれるのなら。
私が見てきた女たちは皆気丈に、強く美しく脳裏に焼き付いて離れない。
母はどうだったのだろうか。
母のことは知らない。
夜刀神の一族が滅びたことにも同情なんかしない。
しかし、
あの女たちだけは、
夜刀神の女たちだけには、幸せになって欲しかった。
それと同じ感情を、
あの店主と接していくうちに彼女に感じてしまっていたのかもしれない、と。
要らぬ感傷だ。
分かっている。
それでも、私は機械なんかじゃない。
血の通った一人の存在だ。
たまにはこの下らぬ感傷に流されてみてもいいではないか、と。
心の何処かであの汚らしい思い出に蓋をしていたのだ。
「…さん」
気付けば辺りは明るくなっていた。
「…破さん」
どれくらいそうしていたのだろうか。
「…歳破さん!!!」
心の奥底で、
彼女の本当の声を聞いた気がした。
幻聴だ。
だって彼女は喋れない。
顔を上げれば、
目の前で無言で傘を差し出す見慣れた姿があった。
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