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「なにッ……!?」
煙草をふかす寺田の手が止まった。この変人が驚くなんて滅多に見られない。
「実は東京帝都大学の長与又郎教授から依頼を受けたのです。長与教授は亡くなられた夏目先生を解剖したときに、何とも不可思議な物を見つけたそうなのですよ」
「不可思議な物?」私は思わず声をあげた。
「大正5年に夏目先生がいまわの際で、“ここに水をかけてくれ、死ぬと困るから”と胸をはだけながら叫びながら亡くなられたそうです」
「夏目先生は胃潰瘍を患われていたそうだが……」
寺田が言いよどむと、明智は声のトーンを落として告げる。
「それが死亡原因ですが解剖した結果、開いた胸から奇妙な物体が摘出されたそうです」
「……それは何だね?」
「それが何とも不可思議なのですが……胸から摘出されたのは“藁(わら)の燃えかす”だったそうです」
「藁の燃えかす!?」私は声を荒げてしまった。
「ええ。僕は合理主義を標榜していますが、どうやって人体のなかに藁の燃えかすが存在したのか皆目見当がつかなくて──」
「それでウチに来たのですね。でも夏目先生が亡くなられてから7年も経つのに、なぜ今頃になって謎の解明を?」
「最近になって長与教授の知己を得まして、それで教授から内密に相談された次第なんですよ。
夏目先生は有名な作家でしたから、変な噂になってはいけないと慮ってのことでしょう」
「ふうむ」寺田が深い吐息をもらした。
私たちの存在を忘れたように、寺田が深く思考に埋没していた。
その指にはさんだ煙草が燃え尽きるのも気づかずにいたので、慌てて湯飲みにあったお茶を浴びせる。
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