藁人形の墓~さよなら夏目漱石~

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「明智君」寺田が口を開いた。「これは夏目先生が墓場まで持っていった秘密なのだよ」 「それは一体何ですか!?」  私と明智が前のめりになって問い質した。 「ちょうど遺族の鏡子さんからも頼まれ事を受けていてね」  寺田がはぐらかすように言葉をはさむと、いそいそと席を立って仕度を始める。 「教授、どこへ行くのですか?」 「では小日向の本性寺に行くとしようか」  寺田が帽子を目深にかぶりながら告げた。  小日向に向かう道すがら、私は疑問で頭がいっぱいだった。  夏目漱石が荼毘に付されたのは、たしか雑司ヶ谷墓地のはずである。それがなにゆえに小日向の本性寺に行くのだろうか。 「2人は“藁人形の墓”を知っているかね?」  辿り着いた本性寺の山門で、寺田が思わせぶりに訊いた。 「よし、わかっちゃいました!」 「何だね牛子君、大声をあげて」 「実は夏目先生は藁人形に五寸釘を打たれて、誰かの呪いを受けていたんですね」  俗にいう「丑の刻参り」である。呪いたい相手を藁人形に見立てて、そこに五寸釘を打ちこむ厭魅(えんみ)の呪詛だ。 「さすがは陰陽師の裔だわい」寺田が眼を細める。「でも残念、不正解であるぞ」 「もー、名推理だと思ったのに」  私は頬を膨らませていると、寺田が明智に向き直った。 「明智君はどうかね?」 「まだ謎を解くパズルのピースが足りませんね」  明智が口端を上げて答える。 「しからば、夏目先生と小泉八雲が交流していたことは知っているかね?」  小泉八雲──日本国籍を受ける前の名はパトリック・ラフカディオ・ハーンだ。  ギリシャ生まれの研究者で、日本の「怪談」を世界に紹介した小説家として有名である。
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