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「おそらく若き夏目先生は、邪魔な和三郎を葬るために柩に入れられた藁人形を燃やしてしまったのだ。
ところが藁人形に仕立てられたのは、和三郎が妻を守るために登世にしてあったのだよ」
「それで登世さんが亡くなったのですね……」
「それを知った夏目先生は半狂乱になったことだろう。柩に残った藁の燃えかすを呑みこみ、自分を苛んで精神のバランスを崩してしまった。
結婚した鏡子さんとの間に生まれた子どもたちを虐待していたと聞いたよ。
ところが四女の愛子だけは叱らなかったというから、おそらくは愛子は登世に似ていたのだろうな」
「あの有名な夏目先生に、そんな悲しい過去があったのですね」
「遺族の鏡子さんに頼まれたのは、その夏目先生の遺骨の一部が無くなったのを探してくれと連絡があったのだ」
寺田が寂しげにつぶやきながら、目的の物を発見したように歩みを止めた。
「第一夜の終わりに、女の墓から百合の花が咲いて接吻したとある。百合の花は登世の好きだった花だと聞いたよ」
「あれは……!?」
私たちが立ちすくむ前方に、おそらくは夏目家と思われる墓石が見えた。
登世が葬られた墓石の下にひっそりと、雨に濡れそぼる白い百合の花が咲いていた。
白い花弁は雨の重みでふらふらと動いて、その下にある白い塊をやさしく撫でている。
「あれが夏目先生の遺骨、魂が宿るという喉骨であるな」
冷たい露のしたたる白い花弁を見ていると、眼の奥がじんと熱くなって零れた。
「牛子君、あれを見て泣いているのかね」
「だって教授。許されぬ恋だとはいえ、あまりにも悲しいじゃないですか。
誰にも知られることなく、ああして忍ぶように逢うなんて」
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