第1章

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 砂漠と言って大抵が想像するのは、骨まで灼かんばかりに地上を突き刺す太陽だ。  森羅万象、生きとし生けるものが太陽の光を受けて生きているにも関わらず、ここ砂漠では、太陽は仮借なき殺人者と化す。  憤怒にぎらつく日差しの下では何物も育たず、恵みの水を湛えたオアシスは恐ろしげに身をすくめ、知らずに足を踏み入れた者の体から命を剥ぎ取る。  多くの人々をその手に抱擁してきた太陽は、こと砂漠にあっては、恒星としての本能を剥き出しにして人を殺める。  飢えと渇きの亡霊が彷徨い、光が命を貪る場所、砂漠こそはまばゆいばかりの死の土地だった。  しかし、それはあくまで昼のこと。  殺人者が眠りについた夜の砂漠は急速に熱を失い、真夜中にはしんとして冷たい。  黒々とした大波のように砂丘はどこまでもうねり、満天に広がる星空の裾を飾る。  およそ砂漠でなければ見られないほどの数の星々。地上にネオンも電灯もないこの場所にあって、夜道を行く人々に寄り添い、どこまでも太陽を求めて追う赤や青や白の光の粒が、一斉に夜空に撒かれるのだ。  太陽の後を追ってゆっくりと天を駆ける星たちの中に、凍えるような色の細い月がある。闇夜の翌々日、ごく新月に近いぐらいのその月は、女の耳輪のように明るく、一面の砂の山に蒼ざめた視線を投げかけている。  そうして月の見下ろす砂丘の間の窪みに、照らし出される異物が二つ。  どちらも人の形をしている。ざっくりと外観を表すならば若い男のようであり、一人は横向きにうずくまり、いま一人は薄いブランケットの上に大の字になって、気持ちよさそうに寝ている。  二人の眠れる男の姿は夜の砂漠にこの上なく馴染むとともに、また事実そこにいるとは思われない異質さをはらんでいた。  仰向けの男は空色の、うずくまった男は淡い翡翠色の、どちらもゆったりとした長いローブを身に着けている。仰向けの方はそれに加えて象牙色のフードを身に着け、額のところを紅いバンドで押さえている。砂漠という単語から異邦人が想像するような、ある種異様なまでの古風さを纏って眠っているその男の寝姿はしかし、解放的で、気安く、広げられた手つきは大空を抱きとめようとするかのように爽やかだ。うずくまった男はそれから顔を背けるように背を丸め、耳の上から垂れた長いパステルカラーの横髪で顔を隠している。
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