第1章

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 殺人者の体は空中で飛び跳ね、仰け反り、奇妙なダンスを踊った。酔っ払いに操られたマリオネットがごとく、面白いほどに銃弾に弄ばれる。ありきたりな蜂の巣死体の格好なのに、何故か隊長の目には奇妙に現実離れして見えた。芝居のようによく跳ねる死体だ、と頭のどこかでそう思う。この先の筋書きが、全てわかっているようだ。  自然と引き金を引く指が止まり、それに従って部下たちも射撃をやめた。  もうもうたる砂埃に目が慣れると、その次に彼らの目に飛び込んできたものは、二本足で立つ人の姿だった。ごぼごぼと血に噎せ、背をかがめてはいるが、間違いなく二本の足で立っていた。  再び静まりゆく空気の中に、フードをかぶった顔が現れる。苦痛に歪み、見分けがつかないほど血にまみれてはいるが、兵士たちにはそれがしかめっ面だとわかる。  ありふれた若者の不機嫌そうな顔で、標的は口いっぱいに頬張った弾丸を吐き捨てた。  「嘘だ」  「生きてるはずがない」  「蜂の巣だぞ」  誰が言い出したものか、慄く呟きが兵士たちの間に伝染していく。何があっても撃ち続けろと言われたことも忘れ、隊長すら銃をだらりと垂らし、今にも倒れこみそうに震えている。  うろたえる敵をよそに、男は額に開いた穴から垂れてくる血を拭い、にいっと口を開けて笑った。  「おい、どうした、もう諦めたのか?」  場違いなほどフランクな笑みを浮かべ、逆手に握ったナイフをひらひらさせる。  その顔が何か思い出したようにふいとひそめられ、ちらりと辺りに視線を走らせた。  「どこ行った、アルデバラン?」  もう一人の男の姿は消えていた。    混戦から約二十メートル離れた潅木の陰には、狙撃手が腹這いになって出番を伺っていた。  まだ若いこの兵士が戦況を注視している間に、標的は最初の一斉射撃を回避し、テントの裏で撃たれながら飛び出し、バッタのように跳ね回っては味方を潰し、挙句至近距離から開けられた六十もの風穴をものの数秒で回復させていた。  信じられない、という言葉すら恐怖に絞めつけられた喉に引っかかって止まる。  悪夢のような光景だった。あるいは血なまぐさいおとぎ話か。  銃に全てを託して生き抜くと決めた彼のような人種が、決して見てはいけない光景だったのだ。
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