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「どうした、ブルって寝返り直したか!」
「ええまあ、そんなところですよ、シャムスさん!」アルデバランは自分の銃声にかき消されまいと大声で怒鳴り返す。
おっとり刀で駆けつけたもう一人を見て、隊長が通信機に何事か喚いた。
砂丘のてっぺんにむくむくと黒い影が膨らんでいく。部隊の増援だ。
「まだ隠れてやがった」
唸るシャムスは頭から爪先まで朱に染まり、破壊を繰り返された身体は疲労の色が濃い。
「早いとこ決着をつけた方がよさそうですよ」
「降伏しろ、シャムス!」
増援部隊が叫ぶ。叫びながら標的を撃ち続ける。一見矛盾した、しかしこの相手には唯一無二の戦術だ。
「今すぐ降伏しろ!」
「まずは地の利がほしいな」降伏勧告を無視してシャムスが言った。「よし、おい、変われ!」
アルデバランはうんざりした顔で首を振った。「はいはい、いつものですね」
割合に素直にぽんと銃を放ると、彼は身震いして顔を上げる。唇をめくり、しゅうっと前歯の間から息を吹く。
目一杯に反らされた背筋が、見る間に筋骨を膨らませていく。首筋は太くたくましく、長く伸び、髪は襟から後ろに乱れ、体は濃く色を変える。変形した腕は前足と呼ばれる形になって宙を蹴り、爪先で力強く立ち上がる。
数秒のうちにアルデバランの姿は消え、一頭の見事な黒馬がそこに立っていた。馬はブルルと鼻面を振って準備ができたことを示し、呆然とする兵士たちを牽制するように高くいなないた。
「いいぞ、アルデバラン!」
血まみれの顔をにっこりとほころばせ、シャムスはその背に飛び乗った。
ローブの裾とたてがみとが絡みあって星空を舞うその姿を、絵本から抜け出してきたようだ、と兵士の一人はふと思った。
「かくれんぼは終わりだぜ!」
不死身の怪物を乗せた黒馬は、砂丘の頂上まで一気に駆け上がる。固まっていた増援は目の前で起きた幻のような出来事に、ほとんどなすすべもなかった。
血のしたたるナイフが兵士の列を切り裂いていく。靄をかき分け、突き進む騎士のように勇ましく、怪物は屍の山を築いていく。
かろうじて正気づいた数名が発砲するが、馬はほとんど怯むことなく頭上に躍りかかり、ヘルメットの上から頭を踏み潰していった。人と馬と、体に開く風穴の向こうで星がきらめいては隠れ、痛みに歪む顔の中で、目だけは胸のすくような歓びを貪る。
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