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綾さえ消えてくれれば、都季が抱いた苦しみも、なかば腐臭をはなつ嫉妬も、つい今のすぼらしい恥も、この世から根絶されると思った。
――死んでほしい。
明らかにそう思った。
しかし、これは殺意ではなかった。
綾を殺したいのではなく、ただ単純に綾の死を願ったのだ。
綾のおらぬ世界は、今より住み心地がよい筈だが、病を患っているなどの兆しさえもない願いがかなうなど、露ほども思っておらぬ。
何かを得たくば自ら行動するべきで、都季は自らの平穏を得るために綾を殺したいとは思わなかった。
ただ誤解してならぬのは、殺したいほど憎んではおらぬが、綾が幸せになるのは許せぬ。その憎悪は心に深い根をおろしている。
それを実現するのは、たやすかった。
綾は、都季に背を向け、階を降りんとした。
都季はその背に手を伸ばし、わずかに力を込めただけである。
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