第37話

19/36
前へ
/36ページ
次へ
綾さえ消えてくれれば、都季が抱いた苦しみも、なかば腐臭をはなつ嫉妬も、つい今のすぼらしい恥も、この世から根絶されると思った。 ――死んでほしい。 明らかにそう思った。 しかし、これは殺意ではなかった。 綾を殺したいのではなく、ただ単純に綾の死を願ったのだ。 綾のおらぬ世界は、今より住み心地がよい筈だが、病を患っているなどの兆しさえもない願いがかなうなど、露ほども思っておらぬ。 何かを得たくば自ら行動するべきで、都季は自らの平穏を得るために綾を殺したいとは思わなかった。 ただ誤解してならぬのは、殺したいほど憎んではおらぬが、綾が幸せになるのは許せぬ。その憎悪は心に深い根をおろしている。 それを実現するのは、たやすかった。 綾は、都季に背を向け、階を降りんとした。 都季はその背に手を伸ばし、わずかに力を込めただけである。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

128人が本棚に入れています
本棚に追加