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「いけませんか」
綾はいささか驚いた顔をした。
「何故……。先生が信じるものはお金ばかりかと思っていました」
おそらく皮肉である。
黙って頷くのも歯がゆく、精一杯の反抗を呟いたのであろう。
「私とて人間です。守りたいものくらいあります」
真摯に答えた。
心をごまかそうとは思わなかった。
これは取引なのだ。勘の鋭い綾ならば、心を偽れば直ちに気付く。本音で話すことこそ、礼儀だと思った。
「ハ……」
綾は呆れた笑いを短く吐いた。
「守りたいものとやらが都季だと? 階から人を突き落とすような悪どい女を……?」
「悪どさならば、あなたも負けてはいないでしょう」
綾は刑部長官の寵愛を欲するが故に、雪美館の皆を騙しているのだ。
自らの行いを棚に上げて他人を責めるとは、その偏った正義感に辟易する。
綾は閉口し、目を余所に向けた。
言葉もなく、頷くことさえもしなかったが、それは取引の承諾の意であった。
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