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先ほどまでの顔とは違い、紫音は令雲を嫌悪する顔で視(め)を余所にやった。
「頼む。大事なことなのだ」
令雲は格子を掴んだ。
紫音が令雲に手を貸せば、紫音は主人を裏切ったことになる。しかし彼女ならば、頼みこめば動いてくれるのではないかと過信せずにいられなかった。
「私は……令雲様が羨ましいです」
紫音が令雲の指先に、そっと触れた。
可でも不可でもない言葉に、話をはぐらかされた苛立ちが起こりそうになったが、女人のやわらかな指の感触が心のささくれを削いだ。
格子を握りしめていた筈の手は、ただ添えているだけとなった。
「私が羨ましい……?」
「ええ。令雲様は、こちら側から逃げて治部側へ行かれました」
令雲は、ぐっと息を飲んだ。
おそらく令雲の痛いところをついたと判じている紫音は、迷いのある視を宙に漂わせていたが、やがて確信を得た面をあげた。
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