第1章 ~新月~

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 陽祐 が資料の束を持って立っていた。  柚月が受け取って、快く返事をすると、陽祐 は「ゴメンな」と両手を合わせた。  深夜まで残ってくれる社員はなかなかいない。柚月はいつも渋い顔ひとつせず陽祐 に従うので、彼は柚月をいつもあてにしているのだ。  もちろん柚月も嫌だと思ったことはない。この仕事が好きで楽しんで取り組んでいる。 「もうそろそろですもんね。大きいプロジェクトに着手。凄くドキドキしてます」  時計を見れば今日……というか、既に午前零時を過ぎている。  ここの部署以外は電気が消え、さきほど警備の見回りが来たところだった。  しばらく徹夜続きの陽祐 を想えば、柚月はいくらでも手伝う気で残業していたのだった。  おかげで日中や夕方にはなかなか見えない三日月がうっすらと見えたのが、柚月にはうれしい発見だった。。 「あぁ、そうだな。ようやく、森下の腕の見せ所だな」  陽祐がふわりと目尻を下げ、口の端を緩めるのを見て、柚月はキュンと心臓が跳ねあがるのを感じた。  飾らない艶やかな黒髪、色っぽく整った顔立ち、大人の包容力、しっとりと響く低い声、それから元家具職人という彼の武骨な指先……。  何もかもが素敵だ。そんな風に想うようになったのはいつからだっただろう。  陽祐 はというと、柚月の秘めた想いなど気付きもせず、窓際のデスクにさっさと戻り仕事のつづきを始めた。  彼のデスクの上には『LIVES!』というインテリア雑誌が積まれていた。  その雑誌には、フォレストビルが今まで手掛けてきたリノベーションの特集が載っている。
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