第1章

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 実験をどうするかという話し合いをしようと全員が右腕を振り上げたところで、聴き慣れたメロディーが大音量で流れた。 「あっ、電話だ」  音の犯人は林田のスマホだった。ちなみに全員の予想を裏切って林田の着信音はアイドルの曲ではなかったのだ。しかしその聴き慣れた音楽の正体はオリーブの首飾りである。こいつは電話の度にマジックを披露するつもりかと誰もが突っ込んでしまっていた。桜太の脳内ではもさもさの天然パーマを振り乱しながらトランプを飛ばしてキュウリを切る林田が想像されていた。 「科学部諸氏。悪いが一度大学に戻って機械のスイッチを押してこなければならない」  林田はもさもさと天然パーマを揺らしながら白衣を脱ぎ捨てた。電話の相手は朝から不幸にも触媒作りを命じられた大学院生だったのだ。 「はあ。すぐに戻って来るんですか?」  桜太は挙げたままだった右腕を下ろしつつ訊いた。何だか腕と一緒に盛り上がっていた気持ちまで下がってしまう。 「もちろんだよ。機械にセットしてボタンを押すだけ。後は丸一日放置しておけばいいからね。それさえ終われば晴れて実験に打ち込める身の上となるんだよ。諸氏はその間にお昼ご飯を食べていてくれ」  林田はこの下がったテンションどうしてくれるんだと睨む科学部メンバーにそう言って去って行った。後にはリュックサックと白衣が残される。大学に戻るのに白衣は要らないのかという謎が残るが、すぐに帰ってくるという言葉に嘘はないのだろう。仕方なく誰もが鞄から弁当を取り出すこととなった。時間も程よく12時を過ぎたところだった。 「ああっ、カエル」  弁当包みを見て今朝捕まえたカエルを思い出した芳樹が慌てて後ろの棚に駆け寄った。林田の予測不能な攻撃から守るためにそこに避難させていたのだ。その行動のおかげで一気に科学部の日常風景が戻ってくる。
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