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トンネルの中は三十メートル程ごとに今にも消えそうな薄暗い明りがあるだけ。正直、あって無い様な存在だ。これなら入る前の方が明るかったな……トンネルに入ってしまったことを既に後悔している。そんな今、彼の声とニ人の足音だけが頼りになる。
「お姉さん、お姉さんはどうやって此処へ? ってわかんないか。僕も全然わかんなかったし」
その通り。何で此処にいたのか、そもそも元々いた場所さえも少しぼんやりしている。記憶が、水で薄められた様な感覚なのだ。私がそう話すと、彼は嬉しそうに弾んだ声でこたえた。
「そうそう! 僕もなんですよ~!! でも何だか怖くないです? 今までの大切な記憶が、このまま消えてしまいそうな気がして」
そんなこと考えもしなかった。そうか、この感覚は消えてしまうかもしれないってことなのかな。もし、今までの記憶が全て水に溶けてしまったら、私と彼はずっと此処を彷徨うことに……なんて、それは無いって信じたい。
「そうだよね、そうですよね。僕もそうかな。……それじゃ、暗い話はコレでやめやめ! 今度はお姉さんのこと聞くよ!」
明りが乏しい為、表情は殆ど見えない。でも、彼がどんな表情をしているのか、声のトーンで目に浮かぶ。彼と共に来て良かった。
「お姉さんってスリーサイズ幾つ?」
は? 少しの沈黙の後、彼が笑った。冗談だと分かった途端、どう返したらよいものかと考えた私が恥ずかしくなり、もう! と彼の背中を叩く。
「いや~ごめんごめん。冗談です。お姉さんのところの家族ってどんな方だったんですか? なるべくちゃんと話して下さいね。そしたらもし自分の記憶を忘れても、お互いに覚えててくれてるかもしれないですし。ね?」
成程。この子はつくづく賢い。自分のことは覚えて無いのに、互いに記憶を知っているなんてちょっとロマンチックかも。……って、それは不謹慎かしら。
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