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「ええ。こうやってお互いの家族に婚約のことを話したのに、アニタは婚約指輪もしばらくは受け取らないと言うから、そこはちょっと困ってるかな。僕は逃げ道なんかいらないと彼女を説得したんだけど…」
「いや、必要だよ。君はアニタがどれほどダンスに打ち込んでいるか、まだよく知らないだろう? 誓ってもいい、アニタが一旦ダンスのことを考え出したら、家にいても君のことなど眼中になくなる。君が尽くしてくれていることも、君が寂しい想いをしていることも、全て霞んでしまう。我が妹ながら困ってるんだ、平気で家族の存在を忘れるからなあ。君が半年も経たずにアニタの元から去っても、僕は君に同情こそすれ悪くは思わない。もう一度よくよく考えてから、ニューヨークに行くかどうかを決めてほしい。何なら今から婚約破棄したっていいんだぞ!」
ニックは真剣にテッドのことを心配してくれていたが、テッドは思わず噴き出して大声で笑いだしてしまった。
「笑う話をした覚えはないぞ!」ニックが腕組みをしてテッドを睨んだ。
だがテッドは、憤然としているニックの前で涙を流さんばかりに大笑いしたあと、やっとのことで笑いをおさめた。
「心配してくれてるのに笑ってごめん。君の話を聞いていると、アニタがまるで悪魔みたいな女性に思えてきたから」
「実際、すぐにそう思うようになるさ」まだニックはテッドを睨んでいた。
テッドは無理して顔を引き締め、それでもくすくす笑いを止められず、とうとうにっこりしたまま口を開いた。
「プロを目指しているなら、時に僕のことが眼中になくなったって、それは当然だ。僕はプロ・ピアニストのハワード氏のマネージャーだったんだよ。彼がどれほど気難しくて繊細で、それでいてピアノのことになると嘘のように周囲のことを忘れてしまうか…彼独自の世界に入ってしまうか、僕は目の当たりにしてきたんだ。そういうのに僕は慣れてる。どうか心配しないで」
ニックは目を見張ってテッドを見つめた。彼は驚いた顔をしていたが、それは徐々に笑顔に変わり、彼はテッドの手を取り、しっかりと握手した。
「テッド、妹をよろしく頼むよ」
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