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渓流の中、船は進んでいく。
船頭さんが舵をとってくれて、あたしたちは船に乗っているだけ。
初めての川下りを楽しんでいた。
最初は、川下りなんて嫌だなって思っていたけれど
乗ってみれば、アミューズメントパークのアトラクションみたいで楽しい。
人工的に作られたアトラクションと違う所は、自然が相手だという所。
日によって変わる天候、水かさ、川の流れなどに注意しながら、舵取りさんは船を操っていく。
「たまに落ちる人もいますからー。」
なんて、船をこぎながら船頭さんが言うから
「ほんとかな?」
つい真瀬に聞いてしまった。
「嘘だろ」
そう答えた後、真瀬は唇を結んだまま優しく微笑んだ。
今、真瀬から放たれる空気の温度は、以前と一緒。
夕暮れ時の音楽室と、その日の帰り道で見た
色をなくした瞳も
言葉をなくした重い空気も
どこにもないように思えた。
向けられる目がいつものように優しい…と思うのは、あたしの
願望なのかもしれない。
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