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離してくれない
あちこちで電話が鳴っている。
朝の忙しいオフィスで佐藤紀之は前日の件の処理に追われていると隣の席の山本さんが
「佐藤さん、お電話です」
「後にして下さい」これが終わらないと次の仕事の段取りができない。
「会議とでも言っておいて下さい」
「それが、警察からです。」
「ええっ!」なんだろう?あんまり驚いて立ち上がってしまい結局そのまま電話を受け取った。
「◯◯警察です。」落ち着いた女の人の声だ。
「佐藤さんですね」
「はい」
「奥様は佐藤典子さんですか?」
「はい」
「奥様からの手帳を見せていただいたのですが。
ご主人様ですか?」
「はい」
「奥様は事故に遭われて◯◯病院にみえます。
受付で聞いて下さい。親族のかたもご一緒に。」
「あ、あの」声が上ずる。
「無事なんですか?」
事務的な声が少し怯んだ。
「はっきりした事はわかりませんので。
ではよろしくお願いします。」
その後の事は覚えてない。
慌てて仕事を同僚に頼んで、両方の親に連絡して子供達を学校に迎えに行きながら病院に向かった。
「ねえ、お母さんは大丈夫なの?」ミカが開口一番で聞いた。
「わからないんだ」
「お父さんにも分からないんだよ。」
弟のマサルが「おかあさん…おかあさん」と呟きながらしくしく泣いている。
「大丈夫だから、な?大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように。
車を急いで走らせた。
受付で番号を聞いて慌てて病室に着いた時には。
もうダメだった…。
間に合わなかった。
白い布を外すと子供達が取りすがった。
「お母さん!お母さん!」
「嫌だあー!嫌だあ!」
横断歩道を歩いていて左折の車に巻き込まれたらしいと警察から話を聞いた。
他にも色々話を聞いたがよく覚えていない。
悪夢のようだった。
紀之はバタバタとお通夜の準備に追われた。
その間も通夜の間も子供達は母親から離れず、夜は横で崩れるように寝てしまっていた。
お葬式の日も子供達はどうしてもと言い張って棺桶の前に立っていた。
子供達にとっても悪夢だったろう。
涙でぐちょぐちょになった2人は小さな幽霊のように立ち尽くしていた。
棺桶から離れず焼き場に行く時も
マサルは「嫌だあ!嫌だあ!」と暴れて紀之は彼を抑え込まなければならなかった。
本当は一緒に暴れたかった。
やっとの思いで家に帰ってきた。
身体が泥になったように重い。
玄関を開けると下駄箱の上の出目金がパクパク口を動かしている。
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