離してくれない

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「お前も腹が空いたか」 金魚の事なんてすっかり忘れてたな、とエサの缶を開けていると 「今はいいわ」と典子の声がした。 紀之は持っていた缶を落としそうになった。 返事をしたのか? 典子が? 思わず金魚を見るとこちらを向いてパクパクしている。金魚が 「私、私」と典子の声でまた言った、ような気がするが?…。 頭がおかしいのかな? 俺、変になってるのかな? 疲れすぎかな? 固まったまま金魚を凝視していると… 「気のせいじゃないわよ」 やっぱり聞こえる! まじまじと金魚を見ると金魚もこちらをじっと見ている。 「典子か?」 「そうよ」 金魚はあっさり認めた。 「なんで…お前金魚になってんだ?」 「なんていうかー」赤いヒレをパタパタさせながら 「急にこんな事になっちゃったから何にも準備してなかったし、みんな困るだろうと思ってね。 とりあえずお葬式が終わったから家に戻ったのよねー。そしたらでめちゃんが私の体を貸してあげる、って言ってくれたのよ。助かったわ。」 アッサリ言われて呆然である。 「お父さん、誰と喋ってるの?」 子供達が来た。 金魚がすい、と子供達の前に来て 「今日は頑張ったね。 」 あれ?お母さんの声がする! お母さんだ!お母さん!何で?と二人共 大盛り上がりだ。 「うん!僕達頑張ったんだよ」 …さすが子供。順応性が高い。 マサルは 「お母さん、いつからでめちゃんになったの?」 とか「水の中ってどう?」とか聞きたいことが山盛りのようだった。 それに対して 「さっきでめちゃんが体を貸してくれたの。」 「プールと一緒かな。」とか答えている。 「一日少ししか喋れないの」 それにこれは四人の秘密よ、おじいちゃんやおばあちゃんには言わないで。 それから、と前置きして。 へそくりの通帳の場所。 生命保険の証書、保険証の場所を教えるわね。 あ、ミカ。 今日はマサルをよく面倒見てくれたね、ありがとうね偉かったね、と声をかけた。 ミカは口をへの字にして泣きそうになりながら 「うん…」と小さく呟いた。 それだけ急いで話すと、でめちゃんは黙り込み、そして下に敷いてある砂利までススス…と沈んでしまった。 「おい!沈んじゃったぞ!」と慌ててると、 「でめちゃんは寝ると下がってくんだよね。」 「寝ちゃったんだ」 「疲れちゃったんだね」 子供達は全く動じてなくて。 俺はこっそりと恐れ入った。
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