第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース1 ─

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 児童福祉司だけでは孤立しがちなので、児童心理司とペアを組むことでお互いを補っているのだ。 「これも美人で万能に生まれた宿命で、震える仔猫に手取り足取り指導しなくちゃね」 「震えていませんし、仔猫じゃありません。僕は猫屋田です」 「美人のお姉さんに絡みたい気持ちもわからぬでもないが、仔猫の童貞君には高嶺の薔薇だよ」 「誰が童貞ですか。じゃ美蝶子さんが奪ってくださいよ」 「雉子(きじこ)ちゃん、猫屋田が反撃するよ~」  美蝶子さんがメソメソと泣き真似をしながら、僕の後ろに向かって助けを乞うた。 「キャハハ。イサナ君ダメですよ、美蝶子先輩を苛めては」  後ろに座る道明寺 雉子(どうみょうじ きじこ)さんが、こちらを向きながら笑った。  雉子さんは同じ児童福祉司だけど、僕よりも2年先輩でもうベテランなのだ。  天真爛漫で可愛い女の人だが、美蝶子先輩を崇拝しているのが玉に瑕である。 「えっ~、雉子さん聞いてなかったの? 苛められていたのは僕なのに」 「聞いてませんでした。イサナ君はどう見てもいじめられっ子タイプだから、これも致し方ナシですね」  雉子さんが朝からスナック菓子を食いながら、ウフッと昭和顔で微笑んだ。  何が「致し方ナシ」だ。ムダに可愛いけれど、毒舌は先輩譲りである。 「イサナ君って虚弱だから、ついつい弄りたくなっちゃうんですよね」  雉子さんが僕の髪をクシャクシャと掻きむしった。 「髪を弄るのはやめてくださいッ! みんなして僕を苛めるんだから」  すると窓辺の席から、ぬらりと声がする。 「また髪の話をしてる」  辰鳥(たつとり)課長が枯れた頭を気にしながら、眉尻を下げて涙目で訴えた。
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