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そのエリュシオンの燭香に火を灯すと、甘く蕩けるような香りが漂い始めた。
死者を欺く死送りの芳香である。
死送りの術式が開始された。
たゆたう香りが少女に届くと、シクシクとすすり泣く声がピタリと止まる。
「なぜ……誰も助けてくれないの……ぼくは……何も悪いことしてないのに」
虐げられし者が生者を呪うかのごとく恨めしい声がした。
(ぼく、と言ったな。やはりミヤビちゃんに取り憑いているのは、お兄ちゃんであるマサオキ君の霊だ)
僕は確信していると、背を向ける少女に異変が起こった。
身動ぎもしないのに頭の髪が、ぞわぞわと蟲が這い回るように蠢いている。
ぶぁじゅ!──突然にはじけるような音が湧いた。
少女の髪が頭の内側から押されるように盛り上がったのだ。
その盛り上がった瘤は、まるで人の頭のように見える。
「苦しい……楽になりたい……死なせて……」
人の頭のような瘤が口を開閉させて呻いた。
まるで暗く光ささぬ牢獄に閉じこめられた、罪深き囚人の嘆きのように聞こえる。
「死なせてやるから、今すぐその娘から離れろ」
ナギサが硬い声で命ずるが、
「ぼくがこの身体をもらうんだっ!」
頭の瘤が怒りに満ちた声で叫んだ。
その途端、宙を舞っていた三角定規がナギサを襲う。
「危ないナギサ!」
ナギサを庇うように立ちはだかると、襲ってきた定規がこめかみにぶつかった。
「イサナ、大丈夫かっ!?」
ナギサが動揺したように口走った。
「だ、大丈夫だから。僕は平気だから」
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