第2章 死骸とネコと、半心の悪魔 ─ ケース3 ─

13/15
前へ
/184ページ
次へ
 幸いにもこめかみを切っただけで済んだ。そのこめかみからタラリと血がしたたる。  その血の色を見てナギサの眼が、血の赤と同じ怒りの色に染まった。 「この娘の身体は、このぼくのものだ。絶対に離れてやるもんかっ!」  頭の瘤が絶叫した。  その絶叫に呼応するように、宙を舞う本や文房具の速度が速くなる。  ところが、その頭の正面にあるミヤビちゃんがこちらに顔を向けた。 「怖いよ……助けて……お願い……」  それは紛うことなくミヤビちゃんの顔だった。その顔が恐怖と絶望で泣き溺れている。 (何てことだ……。死んだ兄の霊が、生きている妹の身体を乗っ取ろうとしているのか!?)  見るに堪えない光景だった。  死した者がもがき、生きる者も苦しんでいる。  この兄妹がどんな悪いことをしたというのか。  僕は怒りと悲しみで胸が張り裂けそうになった。 「貴様、許さないっ!」  ナギサが怒りを露わにした。 「黙れっ!!」  頭を戻した瘤がまた絶叫する。  再び宙を旋回する本や文房具が、牙を剥いた獣のごとく襲いかかってきた。 「ワルキューレ!」  ナギサが疾呼した。  それに応えるようにワルキューレが、 「シャーーッ!!」  その艶やかな尾を9つに分裂させて吼えた。  その黒い身体を翻して、空中を飛来する本や文房具をはたき落としたのだ。  西洋では猫には9つの命があるというが、このワルキューレは伝説の霊猫であろうか。 「みゃう」と、ワルキューレがドヤ顔で鳴いた。 「くぅ……」と、武器を失った頭の瘤が悔しげに呻く。 「貴様の穢れた魂は、この死番の助死師が絶対に死送る」  ナギサが鬼気迫る貌で宣告した。
/184ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加