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「ナギサ、行くよ」
振り返らずに囁くと、後ろでうなずく気配がする。
小さな気配も付いてきた。黒猫のワルキューレだ。
その首に吊されたアンジェラスの弔鐘が、心なしか高く鳴っている気がする。
死が近いというのか。
理恵花さんが隠れているかもしれないので、気取られないように照明を点けないで進む。
薄暗いフローリングの廊下を足音を忍ばせて歩いた。
それでもギシッギシッと、踏む音がもれてしまう。
その音のたびに冷や汗が頬を伝った。
心臓がバクバクと鳴る音や、唾をゴクリと飲む音までが、深とした空気を伝って待ち構えている者に聴こえそうだ。
「イサナ、声がする」
ナギサが囁いた。
それで闇に聞き耳を立てると、
「──……猫屋田……」
僕にも声が聞こえた。
闇の向こうで呼ぶ、かぼそく消え入りそうな声だ。
「──……猫屋田……」
また声がした。
美蝶子さんか。それともアエカちゃんか。
さらに耳をそばだてると、
「──……猫屋田さん」
呼ぶ声が聞こえた。少女の声である。
アエカちゃんか。それともアケミちゃんであろうか。
「猫屋田さん、こっちです」
仄暗い廊下の端に、白くおぼろに見える少女が現れた。
「アエカです。こっちに来て」
アエカちゃんが手招きする。
「アエ──ッ!?」
声をあげようとした口が、突如として横から伸びた掌でふさがれる。
「猫屋田、大きな声を出すな」
美蝶子さんの囁き声が耳元でした。
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