第2章 死骸とネコと、半心の悪魔 ─ ケース4 ─

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「ここが死者の絶界ならば、死送る助死師の領分だ」  ナギサが厳かに宣言すると、掌にエリュシオンの燭香を灯した。  禍々しい闇を裂くように、白い花に灯った焔がゆらりと揺れる。 「ちょっと猫屋田、あの娘は何を始めるつもりなの?」  美蝶子さんが忍び声で訊くから、 「ナギサの本分である、死送りの術式ですよ」  僕は自信を持って答えた。  冥府の花アスポデロスの甘く蕩けるような香りが、黒い死臭を追いやってゆく。  闇を孕む死者の領域を、冥府の芳香が駆逐しているのだ。  それでもナギサは追撃を緩めず、死臭が逆巻く廊下を進んでいく。  やがてその足が、一番奥の部屋の前で止まった。 「ここはアケミが閉じこめられている部屋です。母の部屋にあった鍵がありますから」  開けますね、とアエカちゃんが前に出る。  ガチャッと鍵を開けると、ギイッと重々しく扉が開いた。  物理的な圧力をもって死臭が襲う。  だがそれを押し返すように、アスポデロスの芳香が僕たちを包みこんでいる。  その香りに護られるように、部屋のなかに足を踏み入れた。  部屋の内部は闇が深く、燭香の灯りさえも吸収されるように暗かった。 「──……ひいぃ……」  幽かな声が聞こえた。 「──……ひいぃ……ひいぃ……」  幽かな声が近づいてくるように、じわじわと大きくなる。  固唾を呑んで闇を凝視していると、 「シャーーッ!!」  ワルキューレが威嚇するように吼えた。  息も止まるような驚愕で振り向くと、そこに理恵花さんが仁王立ちしていた。  燭香の焔に照らされたその顔は、半分が憤怒で歪み、半分が無心で固まっている。 「ママー!?」  アエカちゃんが叫ぶ。  理恵花さんの手には、銀光を煌めかせる果物ナイフが握られていた。
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