第2章 死骸とネコと、半心の悪魔 ─ ケース4 ─

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 少女が告げると、四隅の壁が露わになる。その壁には夥しい爪痕が残されていた。  血がにじむまで壁を引っ掻いたのであろうか。深くえぐられた痕には、肌色をした爪がいくつも刺さっていた。 「この悪魔め、お前なんか生むんじゃなかった! 子どもはアエカ1人で良かったのよ!」 「可哀想なママ……妹のアケミに騙されて」  アエカと名乗る少女が悲しみに暮れる表情でつぶやいた。 「黙れ、この悪魔がっ! アエカ、アエカ、お前からも言っておやり。アエカの名を騙る悪魔の妹に!」  理恵花さんが傍らに佇む少女にすがりながら叫ぶ。  僕は固唾を呑んで見守ると、少女がにこやかに微笑んだ。  それは赤ん坊が母親の乳房に触れた瞬間にこぼれる、“アナクライズの笑い”に似ている。  だが少女の笑みは、それとは根本的に違っていた。  “アナクライズの笑い”が生の喜びに満ちた笑みならば、少女が浮かべた微笑みは死の衝動である“タナトスの笑み”である。  無垢な悪の笑みをつくり、少女が理恵花さんを見下ろした。  その無垢な邪にあふれた瞳で、狼狽して震える実の母親を見下していた。 「あのアエカの言う通りよ。馬鹿なあんたを騙して、姉のアエカを餓死させてやったの」  生者である妹のアケミが告げた。 「可哀想なママ……アケミに騙されて」  死者である姉のアエカが嘆いた。 「あっ……ああっ……」  理恵花さんが呼吸ができないように喘ぎながら、言葉にならない驚きの声をあげる。  僕も同じだった。  驚愕の真実に触れて、頭ばかりか心までも激しく打たれたように震撼していた。  瓜二つである双子の姉妹は、その身を入れ替えたばかりか、生と死までも交換していたのである。
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