第1章 死送る者のレゾンデートル ─ ケース1 ─

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 服部次長はスター・ウォーズのジャバ・ザ・ハットに似ている女傑で、幕末の戊辰戦争を戦った12代目・服部半蔵の子孫だと自称している。  それでも「女史」とふたつ名があるのは、格式高く教養豊かであるからだろう。  若い頃は行政改革で市長を糾弾するほどの傑物だったが、児童福祉に熱を上げて以来25年に渡って福祉に命を捧げてきた大先輩である。 「むふ~ん。どうかしら、職場には慣れた?」 「みなさんが親切にしてくれるので助かっています」 「そう、それは良かった。それで猫屋田君、昨日は隣町の児童虐待現場にいたそうね」  僕は言葉に詰まった。  さすがは服部女史である。恐るべき情報収集力だ。  星降市は東京と隣接している。そこで起きた児童監禁事件の情報が、昨日の今日ですでに女史の耳に入っているらしい。 「昨日たまたま買い物に行って、そこで救急車で搬送される現場に出くわしました」 「救急隊員から聞いたわ、ウチの若い者が泣きそうな顔でいたとね」  それを聞いて昨日の悲しみがぶり返し、また目頭が熱くなった。 「子どもを虐待していた母親は、障害と保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕されたの」 「そ、それで子どもはッ!?」 「幸いにも子どもは一命を取り留めたわ。かなり酷い虐待を受けていたようで、何日も食事を与えられていなかったみたいね。 極度の低栄養状態で眼の周りの脂肪を失って、瞼を閉じることができなくて眼球が白濁していたそうよ」  あのときに見た老人のように枯れた腕が脳裡をよぎる。
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