第3章 世界の涯てに泣く者と ─ ケース1 ─

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第3章 世界の涯てに泣く者と ─ ケース1 ─

 かつて子どもたちに殉じて、収容所で殺害された孤児院の先生がいた。  その先生の名はヤヌシュ・コルチャック。本名はヘンリク・ゴルトシュミット。  ポーランドの小児科医で作家でもあった先生は、1911年にユダヤ人孤児のための孤児院の主催者となった。  ポーランドがナチス・ドイツの占領下になると、孤児院の子どもたち200人はユダヤ人を隔離するゲットーへの移住を命令される。  そこでコルチャック先生は子どもたちに、インドの詩人タゴールによる『郵便局』という児童劇を上演した。  主人公は病弱で表に出ることもできず、毎日窓から外の世界を眺める少年オモル。オモルは精神を解放しきって、死を通して自由になるのである。  「なぜこの劇を?」と観客から訊ねられ、コルチャック先生は「この子どもたちにも、いずれくる死を安らかに迎えることができるように」と答えた。  やがて子どもたちは、強制収容所に移送されることになる。  そこでコルチャック先生も子どもたちと行動を共にするが、ドイツ人将校が「コルチャック先生、あなたは自由ですよ」と助命した。  しかし先生は最期まで子どもたちを怖がらせないようにと、首を振って固辞したという。  それがコルチャック先生を見た最後で、先生は子どもたちと共にガス室で殺害された。  あるいは、遺体を埋めるための大きな穴の前で、子どもたちと共に銃殺されたという説もある。 “子どもを一人の人間として尊重しなさい。子どもは「所有物」ではない。”  と子どもの権利を主張して、1959年の国連での「子どもの権利に関する宣言」にその理念が深く影響している。
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