第3章 世界の涯てに泣く者と ─ ケース1 ─

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「……シメるって何ですか?」  ようやく頭を上げて訊くと、 「お前さんが休んでいる間に、あのゴスロリ女とデートしてると思ってさ」  美蝶子さんが柳眉をしかめて答える。 「そんなワケありませんから」 「仔猫ちゃんは童貞だから土台ムリだったね」 「その固定概念を変えてください、いい加減に三十路なんだから」 「固定概念じゃなくて既成事実だから、あたしたちの共通認識では」  からかいの言葉を軽くいなされて、僕は久しぶりに自分の席についた。  実際のところ、あれ以来ナギサと会っていない。  公園にもいないし、店も閉まっていた。  あの日、公園であった神父が気になる。  双子の姉妹はおろか、ナギサのことまで知っている口ぶりだった。 “汝らと相対する存在意義に生きる者です”  あれは一体どういう意味なのだろうか。  そんなことをつらつらと考えていると、服部女史が掌をパタパタと閉じたり開いたりしているのが視界の端に映った。  どうやらコッチに来いという意味らしい。 「服部次長、今回はご迷惑をお掛けしましたことをお詫びいたします」  馳せ参じて頭を下げると、 「むふ~ん、何ほどのこともないわ。それよりも猫屋田君、紹介したい人がいるのよ」  女史が巨体を揺すらせて言った。たちまち椅子が悲鳴をあげる。 「紹介したい人……?」  頭を上げて見ると、そこに初老の男の人が立っていた。  禿げ上がった頭の下に、丸眼鏡の奥にある慈愛に満ちた眼があった。  ブロンド色の小さな髭のある相貌が、どことなく面倒見の良いお爺さんを連想させる人であった。
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