第3章 世界の涯てに泣く者と ─ ケース1 ─

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「犬頭(いぬがしら)先生ッ!」 「イサナ君、随分と立派になったな」  僕は感極まって叫ぶと、犬頭先生が顔をほころばせて言った。 「犬頭さんは文学部の先輩でね」女史が言った。「それに猪鹿から聞いているわよ。犬頭さんに憧れて児童福祉司になったとね」 「はい。養護施設でお世話になって、里親制度で養子縁組してくれたのも先生なんですよ。 あっ、そうだ。ちょうど今朝、この本を見つけたんですよ」  そう言うとリュックバックから本を出した。『子どものための豊かな国』と『こころをさがして』である。 「それは養護施設で君にあげた本ですね。その破れた本のこと、まだ憶えていますか?」 「えっ、それはどんなことですか?」  虚をつかれて問いを重ねてしまった。 「ある少女が読んでいた『こころをさがして』を君がほしがるので、その少女が半分に破ってあげたのですよ。 私はそれにいたく心を打たれて、少女と君に『子どものための豊かな国』を贈呈しました」 「そ、その少女とはもしかしたら……?」 「たしか元の苗字は道敷で、里親制度で榊花という家に養子縁組で行ったはずです。 やたらと元気の良い活発的な少女だったのを憶えています」  やはりナギサだ。僕はやはり養護施設で彼女と一緒だったんだ。  素っ気ない夢の記憶のように、今日まで思い出すことがなかった。  犬頭先生の話す少女象が、およそ今のナギサと一致しないのが原因かもしれない。 「それではイサナ君、暇ができたらゆっくりと話しましょう。今日から一緒の職場で、私は里親制度の指導で来ましたから」
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