第3章 世界の涯てに泣く者と ─ ケース1 ─

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「そ、そんなことはありませんッ」  慌てて取り繕うも、 「マナミが知恵遅れだから相手にしてもらえないのですか?」  美紀さんが眉根を寄せて詰問する。  美紀さんはその整った相貌を恥辱に染めて、頭を下げる僕を非難の眼で見ていた。  化粧をして小綺麗にすれば、十分に美人でとおる容姿である。  だがその美貌は、ひどく倦み疲れているように映った。 「相済みません。この猫屋田はまだ新人なので、不備があると失礼かと思い違う者と交代します。 道明寺さん、お願いできるかしら」  女史が丁寧に謝罪した。  雉子さんが「よろしくお願いします」と自信に満ちた声で挨拶するので、やっと美紀さんも凍った表情を溶かした。 「……失礼しました。挨拶もまだなのに、ひどい言葉を言ってしまって」  美紀さんが恥じいるように言うと、唇を噛みながら何度も頭を下げる。 「そんなに謝らないでください。自分は児童心理司の猪鹿と申します」  美蝶子さんがにこやかに挨拶した。 「前に嫌なことがあって、それで人の言葉に過敏になってしまって」 「嫌なこととは、以前に何かあったのですか?」 「市の福祉課に扶養手当に関わる再度認定の相談に行ったとき、“まだ続けるんですか”と係の人に言われたんです」 「それはひどい職員ですね。代わりに失言を謝ります」 「言われても……仕方ないと思っています。普通と違う障害児というだけで、世間は冷たい眼で遠ざけますから」 「お母さん、そんなことはありませんよ。とにかくマナミちゃんの発達検査をしたいと思います。 この猫屋田はまだ不慣れなので、待っている間にお兄ちゃんの相手をさせますから」 美蝶子さんに言われて、僕と男の子は眼を見合わせた。
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