第3章 世界の涯てに泣く者と ─ ケース1 ─

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「それではお母さん、またいらしてください。いつでも相談に乗りますから」 「お忙しいのに、ありがとうございます」  美紀さんが恐縮しながら頭を下げていると、 「おにーちゃん」  とマナミちゃんがケンイチ君の腕に取りついた。  お母さんの美紀さんよりも、兄のケンイチ君に懐いているのが気に掛かる。  無心で鼻歌を歌うマナミちゃんを、美紀さんが眉根を寄せて見ていた。 「ほらマナミ、行くよ」  ケンイチ君が促すと、 「マナミ、いくよ」  とマナミちゃんがオウム返しをした。  母が先を歩き、兄妹が後ろからついて行く。  僕は閉ざされた扉に頭を下げた。  事務所に戻ると、美蝶子さんが早速からかう。 「立たされ仔猫ちゃん、お兄ちゃんと仲良くなれたかな~」 「ケンイチ君は大人びていて、すごく達観しているように感じましたね」 「そこが問題かもね。実はお母さんが相談に来たのは、そのお兄ちゃん絡みなんだよ」  美蝶子さんが片肘を突きながら乾いた声で言った。  それで気になって、つい前のめりになってしまう。 「ケンイチ君のですか? 妹さんのマナミちゃんの障害相談ではないのですか?」 「お母さんの相談は、マナミちゃんが今年から特殊学級に入ったことにより、兄のケンイチ君が友達から差別を受けていると気に病んでいるのさ。 それでマナミちゃんを施設に入れるべきか、それで悩んで相談に来たんだよ」 「差別に施設ですか!? 近くで障害者施設を狙った無差別大量殺人が起こったばかりなのに」
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