第3章 世界の涯てに泣く者と ─ ケース1 ─

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「まだまだ遠いわね。でも簡単に叶えられる夢なら、人は一生懸命にならないでしょう?」 「それもそうだね。うん、麦子さんと話すといつも元気になるよ」 「あら、お世辞? そうそう、あの彼女来ているわよ」  ナギサのことだ。また公園に来ているようである。  芝生広場に駆け足で向かうと、木陰の隅に彼女が座っていた。  夏の照りつける日差しでも、変わらずに黒い衣装を身に纏っている。  その傍らには黒猫のワルキューレが耳をピクピクさせながら、宙を舞うモンシロチョウを眺めていた。 「やあ、ナギサ」  僕は片手を上げながら声をかけると、 「……イサナか。久しぶりだな」  ナギサがうつむいたまま、ぶっきらぼうな言葉を返す。  まだ熱心に絵を描いている。外界の喧噪が聴こえないかのように無心な表情だ。  その姿を眺めていると、子どもと接することができない苛立ちが霧散するように消える。  所在なさげにしていると、やっとナギサが頭を上げた。 「もうすぐ絵が完成するぞ」 「まだ見せてもらえないの?」 「先にユキナに見せてからだ」  ナギサは、先の事件で孤児となったユキナちゃんのために絵を描いている。  半分破れた絵本の結末を描いているのだ。  でも僕は、その半分敗れた絵本の結末を知っている。  捨てられた子どもの兄妹が、こころをさがして森の奥にはいる。  さまざまな困難をのりこえるが、その兄妹は長老の木の前で力尽きてしまうのである。  そこまではナギサが持っている絵本の前半だ。  僕のうちにあった後半では──  兄が目を覚ますと、妹はすでに息を引きとっていた。
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