第3章 世界の涯てに泣く者と ─ ケース1 ─

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 悲しみに暮れた兄は、長老の木にこころのありかを問う。  すると長老の木は、 「それは君のすぐ近くにあったんだよ。大切なこころとは、家族のことなんだ」  と冷たくなった妹を指さした。  それを知った兄は妹を抱きしめて、大切なこころを失ったことに泣いた。  ──そんな悲しい絵本であった。  それをナギサは知らない。 「ナギサはその本の記憶があるかい?」 「憶えていない。気がついたら持っていた」  僕はかすかに憶えている。  頭の片隅で体育座りをするように、ひそやかな記憶があった──  養護施設にいた頃だ。  髪の長い元気の良い女の子が持っていた絵本がほしくて、僕は泣きじゃくっていた。  それを憐れんだ女の子が、持っていた本を半分に破ってくれた。  それに感心した犬頭先生が、僕たちに『子どものための豊かな国』をくれたのである。 ──その淡い想い出が、犬頭先生の話を聞いて甦った。  その頃の髪の長い元気の良い女の子のイメージがあったので、目の前の髪の短い寡黙なナギサだと気づかなかったのだ。  果たしてナギサの描いた絵は、どんな結末を迎えているのであろうか。  そんなことをうかうかと考えていると、 「イサナさん!」  と男の子の呼ぶ声がした。  振り向いて見ると、ケンイチ君とマナミちゃんが手を繋いで立っている。 「あっ、もう夏休みなんだね。マナミちゃんとお買い物?」 「いいえ。今日は母が休みなので、妹を遊びに連れだしました」  ケンイチ君が言った。 (お母さんの気を休ませたあげたいんだね)  そんな気づかいをする彼を誇らしく思う。
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