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そのケンイチ君の手を握るマナミちゃんが、無心で鼻歌を歌っている。
「おにーちゃん」と、片手で宙に何かを描くような仕草をしていた。
ふと見ると、片方の手に握られた人形の首が眼に入る。
「それはマナミちゃんのお気に入りかな?」
何気なく訊ねると、ケンイチ君がふいに泣き笑いのような表情を浮かべた。
「これは……雛人形の首です」
「えっ、雛人形の首……?」
なぜ雛人形の首だけを握っているのか想像がつかなかった。
「親戚のおじさんに、障害児は長生きしてほしくないから雛祭りはするな、って言われたんだ。
それで母さんが雛人形を捨てちゃって。母さんその夜、ずっと泣いてた」
「そんなことが……」
ケンイチ君が吐き捨てるように言ったのに、返す言葉が浮かばなかった。
「でもマナミはその壊れた雛人形の首を、いつまでも大事に握っているんだ。
母さんがそれを見ると怒るから、なるべく見つからないようにしているんだ」
「そんなことがあったんだね。その親戚のおじさんは心ない人だな」
「障害児は税金で生かされているから長生きされたら国が迷惑だ、っておじさんが言うんだ。
お母さんは必死になって働いて税金を払っているのに、うちはそんなことを言われるほど悪いことしているのかな?」
ケンイチ君が眼を赤くしながら問うた。
その悲痛な問いかけに何と答えればよいか考えあぐねていると、
「子どもは倖せになるために生まれてきたのだから、お前は悪いことをしていない。そんなやつは私が叱ってやる」
ナギサが強い声で断じた。
その心強い言葉にケンイチ君が茫然としていると、
「私はナギサ、榊花ナギサだ」
ナギサが太陽を背にして名乗った。
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