第3章 世界の涯てに泣く者と ─ ケース1 ─

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 そのケンイチ君の手を握るマナミちゃんが、無心で鼻歌を歌っている。 「おにーちゃん」と、片手で宙に何かを描くような仕草をしていた。  ふと見ると、片方の手に握られた人形の首が眼に入る。 「それはマナミちゃんのお気に入りかな?」  何気なく訊ねると、ケンイチ君がふいに泣き笑いのような表情を浮かべた。 「これは……雛人形の首です」 「えっ、雛人形の首……?」  なぜ雛人形の首だけを握っているのか想像がつかなかった。 「親戚のおじさんに、障害児は長生きしてほしくないから雛祭りはするな、って言われたんだ。 それで母さんが雛人形を捨てちゃって。母さんその夜、ずっと泣いてた」 「そんなことが……」  ケンイチ君が吐き捨てるように言ったのに、返す言葉が浮かばなかった。 「でもマナミはその壊れた雛人形の首を、いつまでも大事に握っているんだ。 母さんがそれを見ると怒るから、なるべく見つからないようにしているんだ」 「そんなことがあったんだね。その親戚のおじさんは心ない人だな」 「障害児は税金で生かされているから長生きされたら国が迷惑だ、っておじさんが言うんだ。 お母さんは必死になって働いて税金を払っているのに、うちはそんなことを言われるほど悪いことしているのかな?」  ケンイチ君が眼を赤くしながら問うた。  その悲痛な問いかけに何と答えればよいか考えあぐねていると、 「子どもは倖せになるために生まれてきたのだから、お前は悪いことをしていない。そんなやつは私が叱ってやる」  ナギサが強い声で断じた。  その心強い言葉にケンイチ君が茫然としていると、 「私はナギサ、榊花ナギサだ」  ナギサが太陽を背にして名乗った。
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