第3章 世界の涯てに泣く者と ─ ケース2 ─

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「子どもの力は無限ですから、それを引き出すのはお母さんですよ」  おざなりの言葉が空々しく聞こえた。  この兄妹の未来を思うと複雑な感情になる。  脱施設化が叫ばれているので、何とか地域で生活できれば良いのだが。 「マナミが普通になるのなら、どんなことだってするのに……」  美紀さんがため息に似た声で心情を吐露した。 「おにーちゃん」  ナギサとの砂遊びに飽きたのか、マナミちゃんがケンイチ君の許に駆けてきた。 「ケンチに……兄には懐いているのに、お母さんとは一度も言わないんです……」  それに耐えられないのか、美紀さんが眼に涙を溜めながら下を向いた。  その沈痛な想いが痛いほど伝わってくる。 「お母さん、もう帰ろう」  ケンイチ君がマナミちゃんの手を引きながら言った。 「ケンチ、今晩はハンバーグにしようか。それにはお買い物しなくちゃね」  美紀さんが目を擦りながら提案すると、ケンイチ君が顔を輝かせる。 「うん。マナミ、今日はハンバーグだぞ」 「はんばぐ、はんばぐ」  マナミちゃんも手を踊らせて喜ぶ。  歩み去る家族3人を眺めながら、僕とナギサは心地良い風に吹かれていた。 「あの家族が幸福になるといいな」  思いがけずに出た言葉に、ナギサが不思議そうな顔をする。 「私は家族の幸福なんて知らない。でも、イサナの気持ちは理解できる」 「うん、ありがとう。ナギサこそ、また絵を描かないといけないから大変だね」 「またユキナに見せるのが遅くなってしまう」  ナギサが珍しく困ったような表情を浮かべた。 「そうだっ、夕方に2人して養護施設に行こうか?」 「私なら構わない」  言葉少なだが弾んだ声が返ってきた。
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